nori

2008年5月24日

今年の勢力図

そろそろ私の好きなスポーツの界では数戦が終わり、勢力図が見えてきた。

去年はルーキーとは思えないクレバーな戦略で、F1史上初となりそうだったルーキーイヤーチャンピオンを逃したハミルトンは、今年はやや精彩を欠き、やはりというか、フェラーリのライコネンがポイントリーダーになっている。
おそらく今年はこのままフェラーリ優勢のまま行ってしまうのではないだろうか・・。

2輪に目を向けると、今年は非常に面白い状況となっていて、去年は手の付けられない強さでチャンプとなったドゥカティのケーシーストーナーが初戦を優勝し、「今年もドゥカティのブッチギリか?」と思ったら、さりげなく3戦連続でポールポジションを獲っているヤツがいた。それもルーキーで!
名前は「ホルヘ・ロレンソ」といい、ヘルメットそのものをチュッパチャップスに見立て、チュッパチャップスの包みの絵柄が描いてあるユニークなライダーだ。

3戦目にはポールトゥーウィンを飾り、去年のF1のハミルトンのようにランキングトップとなってしまった。
「今年はおもしろそ~!」と思っていたが、2輪には現役でいながら伝説の男、「ヴァレンティーノ・ロッシ」というライダーがいる。
たまにYAMAHAのバイクのCMに親子で出ているので、見ている方もいるのでは?

このライダーは、以前HONDAに所属していたが、その頃のHONDAのバイクが強すぎて、バイクのせいで勝っていると思われるのに反骨精神があったのか、当時は勝てなかったYAMAHAに移籍し、その初年度にチャンピオンとなってしまった。
この年のヤマハにはロッシの他に3人のライダーが全く同じバイクに乗っていたが、誰も1勝さえ上げていない。それほどまでにロッシの強さは際立っていた。
そのロッシが今年は第4戦、5戦を勝利し、現在ランキングトップに立っている。

F1は正直フェラーリに乗れれば誰でも(失礼)そこそこいい成績を残せると思うが、2輪はランキングもそうだが、レースそのものが最終コーナーを曲がるまで分からないような展開が度々見られて、本当にスリリングで面白い。
ちなみに以前はF1転向の噂も出ていて、実際にフェラーリに乗り、シューマッハと遜色ないようなタイムで走っていた。実際にそんな姿も見てみたかったと思うのは、私だけではないだろう。今日のニュースでは本人もそのことに後悔がないといえば嘘になるようなコメントをしていた。

さて、サーフィンに目を向けると、3戦まで終了し、例の「あの御仁」が初戦から2連勝し、ランキングトップを走っている。
今年はスポット参戦しかしないとのことを言っていたが、開幕から2連勝したことで、おそらくフル参戦してくるだろう。
これからもスポット参戦といわず、ここまできたら10回のワールドチャンピオンを狙ってもらいたい。

しかしサーフィンというのは知名度のせいか、ケリー・スレーターといえども年間1億円超程度の収入のようだ。
波という1回1回必ず形の違う、自分の実力とは関係のないものを相手にして、ここまでの活躍するということは、他のスポーツにはない本物のすごさだと思う。
物の見方にはいろいろあるが、そういう部分を加味したら、この人こそ世界最高のアスリートなのではないだろうか。

しかしいろんな意味で、今年も私の好きなスポーツは面白そうだ!

2008年2月29日

アノ会社が!

私の師は(冗談の師である)ニコンのカメラを使用していて、最新のカメラと、高性能レンズを購入したが、どうもその組み合わせで撮影したものがピントがおかしかった。

そのため、ニコンのサービスセンターに持ち込みをしたが、1度では直らず、2度手間を踏んでしまったそうだ。

ニコンとのやり取りの詳しい内容は割愛するが、その後、師からこんなメールが。


師  「お詫びに『ニコンようかん』(笑)でも出てくるかなと少し期待しましたが、まぁ僕は『反省しなさい!』としか言わなかったので、言われたとおりひたすら平身低頭して反省するのみでなにも出てきませんでした(笑)


私  「そんなやり取りがあったんですか!ひどいなぁ。しかしようかんのアイデアはいいですね、ウチもクレームがあったらようかんでも・・Ψ(`∀´)Ψ (さすが師匠、カメラ関連の会社から「ようかん」とは、今日も冗談が冴えてやがる!)」


師  「ようかんはですね、実はこういうものがあるものですから期待したんです」
http://shop.nikon-image.com/front/ItemSummaryRefer.do?cateId=10400


私  「ホントにあるんかい!!」



一人でツッコミを入れてしまったのと同時に、オモロイのと、どうしても気になってしまって、即買いをしてしまった!

それがこれ。




さすがニコン、「精密機器 取り扱い注意!!」だ!





梱包も丁寧。ニコンさま、当社も勉強させていただきます!






そしてニコンの証である金ロゴ。





ズッシリとした重量感もあり、カメラやレンズの箱を開ける時と同じワクワク感を感じる。


中身は残念ながら、周りの人に「話しのネタ」とさせてもらうため、まだ食していない(1年近く保存がきくようだ)

甘いもの、特にあんこ好きな私にとってはおいしいに決まっているのだがこんなオモロイものを、みすみす、すぐに食べてしまうのは勿体ない。


「あの会社がこれを?」というものはわりと多い。

大きな会社では、ホンダのロボット「アシモ」などは有名だが、その他にジェット機も、もう市販寸前で、受注を開始していたり、トヨタが「トヨタホーム」などという、方向性が全く外れているというものでなければ、それも何となく分からないでもない。

しかし今回の、「ニコンにようかん」は全く不意を突かれてしまった感がある。久しぶりに本気で笑ってしまった。

こういう「意外」はとても面白いので、会社のイメージから考えて、以外なものがありましたらぜひ教えてください!

2008年1月19日

さよなら!

この仕事をしていて、いろんな人との出会いがあった。
その中で、当社の撮影の手が足りない時に手伝いに来てもらっていたカメラマンがいた。名前は「銀城アトム」さんという。

銀城さんとの出会いは、取引業者からの紹介だった。
撮影当日「こんにちはー!」という元気のいい声が聞こえ、そちらを見てみると、青島幸男似の男性が、その年代の人間からは見たことのない、屈託のない笑顔で立っていた。
その笑顔と声の爽やかさに、とてもよい印象を持った。

撮影が終わり、話しをしているうちに、銀城さんはフランスで数年過ごされていたとのことで、私もたった1年間だけだが、サーフィン修行のため海外で過ごした時期があり、また、銀城さんは空手、私はキックボクシングと、ジャンルは違えど、心身共に鍛えているという共通の話題で話しが弾んだ。
帰り際「さよなら!」と言ってニッコリ笑って帰って行く姿がとても印象的だった。
「さよなら」と言う言葉は、使いそうで意外と使わない言葉だからだと思う。
話しの内容や、その笑顔から、「あんなに心がきれいなまま大人になった人もいるんだなぁ」と関心してしまった。

それからしばらく銀城さんに撮影をお願いすることがあり、会う度にいろんな話しをして、銀城さんが来た時は、とてもためになる時間を過ごしたが、それから1年程経ち、社内の事情からしばらくの間、撮影は社内の人間で人手が足りることとなり、銀城さんとの連絡も疎遠となっていた。

そんなある日、銀城さんから私の携帯へ連絡があった。
電話口から「こんにちは!」と相変わらずの挨拶のあと、身辺話しをした。
その直後、銀城さんから、「イヤー、山中さん、参りました!」との明るい言葉。
私が「何が参ったのですか?」と聞くと、「実はガンで医者から余命半年と言われてしまいました」

声の感じや、その明るさから、「誰が?」とか「嘘だろ?」という思いが頭を駆け巡って、私から返す言葉が出なかった。
それから銀城さんが逆に気を遣ってくれて、話しかけてくれ、いろいろ話したはずだが、内容はほとんど覚えていない。

一部覚えているやり取りは、私が「絶対諦めないで頑張りましょう!私の父もガンだったけど、今はピンピンしてますよ!プロポリスやサメの軟骨など、ガンに効くものがたくさんあるから試してみましょうよ!」と言った言葉の後に、銀城さんが言った言葉で、脳裏に焼き付き決して忘れられない言葉がある、「ありがとう山中さん。でも・・、少し早いけどそれも(死も)いいかなと思っているんですよ」
もう返す言葉がなかった・・。不思議にも「銀城さんらしいな」とも思った。

しかし電話を切った後から、今度は自分自身へ堪えていた感情が抑えきれず、「死んだ方がいいヤツが世の中には他にいっぱいいるじゃないか!それが何で銀城さんなんだ!」という怒りと悲しみで、しばらく涙が止まらなかった。

その数日後、銀城さんからまた電話があった、「友人達が私の撮った写真の個展をセッティングしてくれたので、ぜひいらしてください」とのことだった。
当日お伺いすると、「あの笑顔」で出迎えてくれたが、様子をみれば辛いのは一目瞭然だった。
それでも銀城さんは来てくれたお客さんを笑顔で出迎え、合間を見て、私に写真の説明をしながら付き添ってくれた。

行く前は、「まだ民間治療などすれば助かるのでは」という思いもあったが、会って話した時は、私の心も既に決まっていた「こんな男が決めたことなんだ、黙って見送るしかないな」と・・。

その心の清さから、「この人は神様が必要としていて早く呼ばれたに違いない」という思いもあって、不思議と悲しいという感情が出なかった。
帰り際に握手をして帰った。そんな思いもあり、私もその日の別れは涙が出なかった。おそらくこれが今生の別れになるというのも分かっていたが・・・。

あれから数年経って、やっと銀城さんのことをブログで紹介しようという気持ちにまで心が回復した。
銀城さんから得たものはとても大きかったし、難しいことだけど、できれば銀城さんのような心を持った大人になりたいとも思う。

最後に、まだ銀城さんに言っていないことがある。


銀城さん、「さよなら!」

2008年1月14日

クルマへのこだわり

久しぶりの投稿です。

おかげさまでネットプリントの受注が多く、ブログをUPする時間もなかなか取れない状況でした。
今後もブログをUPできないくらいの受注をお待ちいたしておりますm(_ _)m

今回は、お客様の中で、プリントのやり取りをしているうちに、(仮にTさんと呼ばせていただきます)メールのやり取りが楽しく、写真以外の話題にも発展し、「クルマ変態」という共通の(他の部分の変態も共通ですが、内容につきましては割愛させていただきますm(_ _)m)話題があり、Tさんのクルマはクルマ変態以外、一般的には聞いたことのないような車種で、それに伴いどうもトラブルが多いようで、その修理箇所の多さたるや「よくここまで修理箇所が出るな~」というほどで、一見の価値ありです。ぜひぜひそのTさんのクルマへのこだわりブログを見てみてください。http://www.kk.iij4u.or.jp/~katsuki/

私もクルマにはこだわりがあり、アメ車を2台乗り継いだあと、現在もレンジローバーやマスタング、また、トライクなどという三輪のバイク(車種区分ではクルマですが)など所有していまして、いつもどれかしらにトラブルがあり、何時こわれるか分からないのと、そのトラブルがあとで自慢話しになるので、「洒落になる範囲」でのトラブルは大いに結構なのですが、Tさんのクルマのトラブル数を見たら、洒落の範疇を凌駕し、「ワタクシごときの器」では、とても所有などできないトラブルの連続です!

マンガではよく旧車などがトラブルを起こすストーリーがありますが、「イヤー、本当にこんなマンガみたいなトラブルが起こるんだな~」と関心してしまいましたが、みなさんはいかがでしたか?

2007年7月2日

プチ自慢










不肖ワタクシ、ちょっとだけ自慢したいものがある。





それはこれ。

























ただのサーフボードだが、サインが書いてありますね。



































わかりますか?


これは以前にブログで書いた「あの御仁」ケリースレーターが、実際に使用していたボードなのです!


去年ヤフーのオークションに出ていて、当然ものすごい数の入札がありましたが、「わっははは~!写真屋なめるな~!ポチッとな!」って感じでめでたく落札しましたヽ(^∀^)ノ 


ガソリンスタンド、コンビニ、写真屋と「日本三大苦境」といわれる業界人のワタクシは、これまた当然その後数ヶ月間、お昼は「日本三大発明」のひとつ、カップラーメンで過したことは容易に想像できるであろう【●´Д`】=3




しかし落札したはいいが、サインの部分がちょうど前足を置く辺りで、サーフィン用のワックスを塗るワケにもいかず(サーフィンのワックスは足の滑り止めとして使います)塗ったとしてもケリーのサインのところなどワタクシにとっては「踏み絵」に等しく、また破損などしたらもっったいないのとで、結局は乗らないでこのまま置いてあります。まぁ家宝にするつもりなのでいいのですがいつも乗ってみたい衝動が・・・。


自宅には計6本のボードがあり、ウサギ小屋のわが家ではもう置場もないので会社に置いてあるのですが、ウチの女性群には邪魔物扱い!例え話しで「タイガーウッズの使ったゴルフクラブが手に入ったら大事にするやろ?イチローの使ったバットが手に入ったら大事にするやろ?」と聞いても、「そんな邪魔な物はいらん!」だそうだ・・・。




いやはや女性というのは・・・。


2007年6月12日

昭和のおもひで

先日、店の前を掃除していたら、めずらしいものが出てきた。それはこれ。










わかりますか?

20代の人はもしかしたら分からないかもしれないですが、これは缶ジュースのフタで、もう20年くらい前から現在のフタに変わっていきました。
それがどういうわけか、腐りもせず土の中から出てきました。
だからどうということもないのですが、30代の人には懐かしいと思いアップしてみました。
しかしいろいろ出てくる店だ・・。
また何か出てきたら報告しますデ━━☆゚+.d(*゚∀゚*)b゚+.☆ ━━ス!!!

2007年6月6日

うらやましい・・・

先日ネットにこんな記事が載っていました。

サーフィン:日南・鵜戸中、体育の授業で 週2回、コンテストも /宮崎
6月5日16時1分配信
毎日新聞
 日南市の鵜戸中学校(柿木真也校長、28人)で4日、県内で初めてサーフィンが体育の授業として採り入れられた。7月20日まで全校生徒を対象に週に2回、計28時間行われ、校内サーフィンコンテストで締めくくる。さらに同28、29日の日南市長杯大会で練習の成果を披露する。 この日は近くの宮浦海岸があいにく荒れていたため体育館での授業となった。生徒たちはさっそくボードの上でパドリングやスタンディングの基本練習に取り組んだ。 指導者は日南市サーフィン連盟(川畑龍一理事長)所属のプロサーファーら7人。発案者の柿木校長の要請にインストラクター派遣を快諾した。柿木校長は「小規模校なので、他の学校ではできないことを身につけさせ、自信を持たせてやりたかった。幸い、学校の目の前が遠浅の砂浜なのでサーフィンを提案したら、教職員も賛成してくれた。私自身も生徒たちと一緒に頑張ってマスターしたい」と張り切る。 県教委によると、県内では宮崎海洋高校がサーフィンを授業に採り入れているが、中学校では初めて。全国でも珍しいのではないか、という。【塩満温】

海の近くに学校があるというだけでもうらやましいが、それに授業で堂々とサーフィンができるなんて・・。

またここの校長先生の言葉がイイ!「私自身も生徒たちと一緒に頑張ってマスターしたい」担任ではなく、失礼だが、もういい年の先生がこんな思いでいるなんて、とてもカッコイイと思うのである。

コレを読んでいる時に、自分の中学時代を思い出してしまった。

私の中学校は新設の学校で、 入学初日に校長先生の挨拶があり、そのシーンが衝撃的で、20年経っても脳裏に焼きつき忘れもしないことがある。これはその時のシーンの一部である。

●校長「当校では、自転車通学はありません。全校生徒、徒歩で通学してもらいます!」

 周りはブーイングの嵐!ガラのいい方でもなかった学校なので、暴動でも起きるのではと思うくらいであった。

○オレ「フフフ、そんなものは通用せん、学校最寄りの友達の家まで自転車で行ってやるわ!」

●校長「また、当校では、男子は学帽を被ってもらいます!」

 今度はさっきの倍くらいのブーイングと、さらに校長先生への野次が飛び交う!

○オレ「が、学帽?(唖然)今昭和だよな?」

ワタシもさすがに今度はフリーズしてしまった。だって学帽ですよ!今現在30半ばで学帽被ってたという人いますか?被るどころか見たことない人も多々いるんじゃなかろうか。その当時でさえ学帽といえば、「魁!!男塾 」や「かまやつひろし」とかを連想するくらいである。

今思えば、その校長先生は、自転車通学ナシのブーイングを、他に向かせるために学帽などという作戦をとっていたのかもしれない。だとしたら恐るべしだ!

しかし、時代が違うとはいえ、方や授業でサーフィン、方や学帽・・。

いやはや、校長先生の考え一つでいろいろ変わってしまうもんである。